Les Rêveries du promeneur solitaire

孤独な散歩者の夢想

団塊は1970年あたりで大学を卒業しているが、なぜか戦後の復興を担ったという嘘の物語を生きている。
「なぜオタップルは付き合ってる相手を「相方」と呼ぶのか」問題なー。あれが聴いてて何か引っ掛かるのって、自分と相方をステージに置いて、それを観測する第三者が居る、という世界観を前提にした喋りだからなんじゃないかなーと思っていて、そこに気持ち悪さは当然あるんだけど、他者からの視線に対するあらかじめの過剰さっていまどきさほど不当ともいえないかんじだし…
意識の高い方がしばしば人がおっしゃる、「日本はもう成長しないからだんだん減っていく資産でのんびりうまくやっていこう」、という論調にはご注意ください。こういう意見をファッションとして格好いいと思っておっしゃっているのかもしれませんが、はっきりと有害なんですね。特に若者は気を付けなくてはいけない。本当にそういった社会になると、それはいま持っている人が徹底的に強くなる社会にしかなりません。そして、いま持っていない人が段々と衰弱していくことを肯定することになります。パイが少なくなるということは配るパイも少なくなるし、企業活動のスケールも小さくなります。格差がさらに広がり、犯罪も増え、虐待とかDVも増えます。成長を抜きに再分配はできない。そのことを、この20年で嫌というほど知るべきです。
「私はライオンが好き」というのは「ライオンのよさを分からない人の感性が劣ってる」とか「ゾウが好きとかどうかしてる」とか「キリンが好きな人が嫌い」とか「カバが嫌い」という意味ではなく「私はライオンが好き」という意味なのだ。ということを言って聞かせたい会話というのがたくさんあるね…!